福岡で修行中のことです。ある小児科医院から「咳」が止まらないことを理由に紹介されてきた患者さんがいました。12歳の男の子でしたが、気管支炎やぜんそくの治療をいろいろ試みても改善しないということでした。
私は、研修に行かせて頂くまでは「呼吸器」は特に得意という訳ではありませんでした。しかし、研修先で「呼吸器」の分野についてもだいぶ鍛えて頂きました。医師は診療しながらの経験も大事ですが、一人では見落としもありますし、思い込みもあるかもしれません。日本の第一人者の先生からキチンと指導して頂きながら、正しい診断にアプローチする方法を学ばせて頂くことは、なかなかできない経験です。国内留学先で体験できる醍醐味の一つでしょう。先の患者さんからも多くのことを学ばせて頂きました。こうやって確実に知識を増やしていくことで、臨床的にも幅が出てきたのではないかと思っております。
まず問診ですが、過去にぜんそくと診断されたことはありませんでした。珍しいですが、この年代でぜんそくを発症する可能性はゼロではありません。一般的に“ぜんそく”ならゼーゼーを伴うことが多いのです。しかし、患者さんの場合は、ひっきりなしに咳をしていましたが、ゼーゼーは聞かれず、痰も絡みませんでした。かといって、最近はゼーゼー言わない「咳ぜんそく」という病態もありますので、否定はできません。血液検査やレントゲン写真、肺機能検査も特に問題ないことは確認していましたので、“気道過敏性試験”を行う必要がありました。この検査は以前もお話しさせて頂きましたが、気管支が敏感かどうか、その場合どれだけ過敏かを調べる方法です。ぜんそくなら陽性、ぜんそくでなければ陰性になるはずです。結果は“陰性”でした。ということは、ぜんそくである可能性はかなり減ったということになります。
実は、こういった検査をする前から診断は、患者さんを入念に観察することで薄々気付いていました。この子の咳が“特徴的”だったからです。ただ、様々な咳の出る病気の中から、可能性のある病態をひとつひとつ否定していって、最終的に正しい診断に至る必要がありました。その特徴とは、咳の出る「タイミング」でした。よーく観察していると、食事中と、何かに集中した時、睡眠中は咳が出なかったのです。そう、“無意識”の時には出ないのです。つまり“意識的”に咳を出していたのです。
結論を申し上げましょう。「心因性咳嗽(がいそう)」といって心因反応によるものと判明しました。当然のことですが、風邪やぜんそくの治療をしても改善はしません。実は、彼にはある“ストレス”があり、それから逃れるために咳を出していたのです。その後、心理の先生にお手伝いして頂き、そのストレスを取り除くことによって咳は出なくなっていきました。
新潟に帰ってきた後も、この経験を生かして“咳”の止まらない患者さんを診ていると、年間数名の患者さんに当たります。当院でも開院してから既に3~4名の患者さんを経験しています。最近は、子供もストレスにさらされています。治療してもなかなか改善しない頑固な咳は、心因性咳嗽の可能性も否定できません。咳が出るのは風邪や気管支炎などの感染症やぜんそくだけではないのです。そう決めつけていると、なかなか核心を突くことができません。ちゃんとこの診断名が頭に入っていて、丁寧な問診と注意深い観察、それだけで充分な手がかりが得られます。咳が長引いてお困りの患者さんは、ぜひご相談下さい。


