小児科 すこやかアレルギークリニック

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正しく恐れる
2014年04月03日 更新

水曜の午後、昨日も某市の小学校に行ってきました。

新年度とは言え、まだ春休み。その小学校に私がエピペンを処方した患者さんが通学することになっており、その準備ということで多くの先生方が集まって下さいました。

話すことは、いつもとそうは変わりませんが、食物アレルギーの症状は多様で、軽い蕁麻疹のみで、じきに治ってしまうケースもある一方で、ショック状態に陥り、意識をなくした自件例も示しました。身近で起こったケースとなると、やはり聞いていて緊張感が伝わると思っています。

最近は、それに12月中旬に公表されたデータも加えています。

食物アレルギーの有病率が平成19年のデータに比べると1.7倍に増えていること、小学校では学校職員がエピペンを使用した割合が26%であったことなどです。

本人自らが打っているのは20%ありますが、これは高学年の子だと思われ、低学年に絞って言えば限りなく0%に近いのでは思っています。となると、学校職員の26%という数字が更に跳ね上がることも予想されます。結構生々しいデータで、こういうことをお話しすることで、より緊張感を持って患者さんに接して頂けると思っています。

また、食物アレルギーがあれば、当然学校給食では除去が必要になります。私の診ている患者さんでも、「診断書を書いて下さい」と言われた方には、その時点で正しいと思われる摂取状況を記載しています。お願いされなければ気付きませんので、私の診ている患者さんの100%が学校側に診断書を提出しているかは分かりません。

ただ、言われて断ったことはなく、医師がそうするのは当たり前のことだと思っていました。公開されたデータでは、医師の書いた診断書が小学校では30.5%しかなかったことは、驚きしかありませんでした。

親御さんが、自ら学校側に伝えれば済むと思っていたケースもあるでしょうし、医師が忙しいことを理由に断ることもあるでしょう。「不要」というケースさえあるかもしれません。最近経験したケースでは、医師が「よけて食べなさい」と言っていたことです。

7割もが医師による診断書でないということですが、その理由を知りたいところです。もし医師が何らかの理由で“書きたがらない”のであれば、食物アレルギー対策は「国策」とも言えるのでしょうから、医師側に指導があってもいいのではと思っています。

正直、例えば昨日のように小学校では春休みにもかかわらず、職員全員が私の話に耳を傾けて下さっているのに、その一方で、食物アレルギーに大した理解もなく、診断書すら書いてくれない同業者がいるということは腑に落ちないというか、納得がいかないところです。

ただ、逆にそういう姿勢でかかりつけ医がどういった姿勢で食物アレルギーに取り組んでいるかが分かると思います。つまり、頼りになるか、ならないかということです。

かかりつけ医の対応に違和感を感じれば、相談する医師を代えた方がいいと思っています。よく分からない医師に食い下がって聞こうにも、面倒くさがられるだけで、何も生まれないと思います。

食物アレルギーは医師がリーダーシップを発揮すべきなのに、そうされることもなく、親が主体で学校との話し合いでなあなあで対応が決まっていた部分は事実なのだろうと思っています。

講演が終わった後、校長先生が締めの挨拶をして下さったのですが、「正しく恐れたい」という言葉を使って話されました。これってとてもいい表現だと思っています。

国や行政は学校側に「エピペンを預かりなさい」と言っています。しかし、エピペンを打つ場面に遭遇するのは学校職員であり、国や行政は言い方は悪いですが「やれ、やれ」と旗を振っているいるだけです。

エピペンの打ち方の講習会はよくあるでしょう。「ぐったりしたり、息苦しければ、エピペンを太ももにこのように注射します」では、のど元過ぎれば熱さ忘れるで、記憶に定着しないし、真の理解とは言えません。

食物アレルギーはどういう病気で、どういう症状が起きて、多くはさほど重くなく、内服や病院受診で事足りるのは事実でしょう。エピペンを打つ間もなく救急車で病院に搬送されたというのも、対応は間違っていないと思います。

児童,生徒がショック状態に陥っており、すぐには救急車も親御さんも来れない状況において、エピペンという武器を持っているにもかかわらず、使用しないのは人道上問題があると思うし、そういう時だけ勇気を振り絞って対応して頂きたいという話をさせて頂きました。

私は食物アレルギーの知識を提供せず、その他エピペンの有効性や副作用なども伝えないまま、「エピペンを打ちなさい」では、多くの学校の先生方が抱いている食物アレルギーに対する不安感は払拭できないと思っています。

その辺りが伝わったと思うので、それが校長先生の「正しく恐れる」という言葉につながったのだと考えています。こういうことを言って頂けるよう、今後も活動を続けたいと思っています。