今日は「気道過敏性試験」についてご説明しましょう。
ぜんそくは台風が来たり、気温の寒暖の変化があったり、ちょっと走っただけで咳き込んで、ゼーゼーいったりします。健康な人はこんなくらいで、咳なんて出ませんよね?。ぜんそく患者と患者でない人は何が違うのでしょうか?。
ズバリ、気管支が敏感か、敏感でないかの差です。気管支の敏感さを「気道過敏性」といいます。ぜんそくのない人には“気道過敏性がない”、ぜんそく患者さんは“気道過敏性がある”のです。これは遺伝の影響もあるようなのですが、発作を重ねることで、より発作を起こしやすくなります。これを“気道過敏性が亢進している”といいます。小児ぜんそくと成人ぜんそくの最大の差は、治るか治らないかといっても過言ではないと思います。小児期から思春期に入り、体がメキメキと成長していく過程で、発作を起こしづらい状況になっていれば、ぜんそくをめでたく“卒業”できるということになります。
ある程度成長してきて、発作を起こさなくなってくると、ちょうどその頃は小学校の高学年や中学生だったりして、クラブ活動や塾などで忙しくなってきますよね。病院に行くのが「面倒くさいな」と思い始める頃だと思います。そもそも、ぜんそくとは“気管支が落ち着いてくれば発作は起こさない”のです。治療は中止しても構わないのです。それを客観的に、EBMに基づき検査で表す方法があります。それが「気道過敏性試験」なのです。
方法はいたって“原始的”というか、分かりやすいです。発作を起こすようなアセチルコリンやヒスタミンという薬を生理的食塩水と混ぜて、決められた濃度に調整します。それを2倍に薄め、更にそれを2倍、、、と薄めていき9種類の濃度の薬を作ります。最初は生理的食塩水を、その次から一番薄い薬を吸入します。その後も順番に徐々に濃い薬へと“2分間ずつ”吸入していきます。各吸入後に「肺機能検査」を行います。
「肺機能検査」とは検査の機械に肺いっぱいの空気を一気に吐き出すという手技で行います。何ともなければ多量の空気を一気に吐き出せますし、発作が起きて気管支が狭くなっていれば、あまり吐き出せなくなってしまうはずです。検査の値が悪くなってしまいます。吐き出せる量で“発作の程度”を評価しているのです。ちなみに肺機能検査は幼児には吹き方にばらつきが出てくるため難しく、小学校低~中学年から検査できるようになりますので、気道過敏性試験もそれ以上ということになります。
話を戻しますが、順に薬を吸って肺機能検査をして、検査前の“値”と変わらなければ、次に濃い薬を吸って検査を進めていきます。合計で10回吸入することになるのですが、もし途中で発作が起きてしまえば、肺機能検査が悪くなります。肺機能の最初の値の8割を目標に、10回の吸入をして8割以上をキープできれば“気道過敏性”は改善していることになります。一方、途中で発作を起こし8割を割ってしまえば、その時点で検査終了となります。それがより低濃度で値が落ちれば「気管支はまだまだ敏感」となり、治療を止めてしまうと発作が出てしまう可能性が高いことを表しています。それが8本目、9本目という高濃度までいけていれば「もう一息のところまで来ている」と判断できます。このように発作の起こしやすさ(起こしにくさ)を何本目までというように表せるのです。
勘のいい人はお分かりかもしれませんが、「食物負荷試験」と同じですよね。気管支に「負荷」をかけて、耐えられれば良くなっていると判断する検査です。私の場合は、この気道過敏性試験を「ぜんそくの治療を止めていいかどうか」を判断する時に行っています。診療の合間にできるような検査ではないので、やるとしたら医院の休みの日にやるしかありません。しかも準備の段階からすると、約1時間くらいかかってしまいます。ですから当院でぜんそく治療を継続的に行っている患者さんに限らせて頂いています。今のところ、春休みに2人やる予定になっています。私の認識が間違っていなければ県内の小児科では数カ所でしか行われていません。食物負荷試験と同じように、全国的にもやっている施設は少ないのが現状です。
ここ最近書いているように、アレルギーの検査や診療はやたらと時間がかかってしまうことはご理解して頂けていると思います。そりゃ私だって効率よく外来をまわして患者さんの待ち時間を少なくして、多くの患者さんに対応したいと思います。しかもあくまでも結果的にですが、収益という点でも有利となります。でもアレルギーで困っている患者さんを目の前にしてしまうと、福岡で学んできた知識をフルに発揮していかに正しく診断し、治療するかということに没頭してしまうのです。先日の食物アレルギー研究会でも、第一人者の先生方は食物アレルギーの子供たちに少しでも「食べさせたい一心」で、全くのボランティアで負荷試験を長年やってこられました。こういう気持ちが、今の医療を支えている部分もあるのだと思います。私自身も、これからも時間をかけるべきは時間をかけ、“こだわり”という自分のスタイルで診療を続けていくつもりです。


