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アレルギー科
2010年12月09日 更新

8日も講演というか、院外勉強会に出かけてきました。

まだ小さいお子さんを持つお母さん達に「ガイドライン」に基づいたアトピー性皮膚炎、食物アレルギー、ぜんそくの話をしてきました。皆さん、熱心に話を聞いて下さり、今回初の試みでしたが、良かったと思っています。

食物アレルギーのお子さんも何人かおり、やはり「食物負荷試験」の存在さえも主治医から聞かされていませんでした。地元で3年間必死に「食物負荷試験」を中心に訴え続けてきましたが、まだまだなんだなと思い知らされました。

その時に質問が出たのですが、これまでの経過をよくよく話を聞いてみると、アトピー性皮膚炎やぜんそくが見逃されていました。アレルギーが専門でない先生なので、仕方ないのかもしれませんが、患者さんからすれば頼るべきかかりつけ医な訳ですから、「期待に応えていないじゃないか」と思ってしまいます。

先日も書きましたが、全国から1000人以上が参加している小児アレルギー学会に新潟県からの参加が10人以下と言うのは異常なことと言わざるを得ません。個人的には、学会に参加もしなければ、「アレルギー科」の標榜してはいけない決まりを作って欲しいと思っています。そうすれば、今の「アレルギー科」は10分の1以下になるのではないかと思っています。

何故そこまで言うのかというと、「アレルギー科」を標榜する“責任”が感じられないからです。患者さんからすれば、「アレルギー科」の先生なら、専門施設で勉強してきて、日々努力していると思うと思います。ところが、アトピー性皮膚炎やぜんそくの診断さえままならないケースが少なくなく、良くならなくても薬を替えようともしてないことが多く、何のための「アレルギー科」かと思ってしまいます。

私は日本の第一人者も含め、“本物”のアレルギー専門医の知り合いが多いので、私が「アレルギー科」の最低ラインだと思っています。アレルギー関係の学会に年に3回以上参加し、発表も1年に2回くらいは行ってはいますが、上には上があることは知っているつもりです。まだまだアレルギー専門医として力不足だと感じています。だからこそ、“本物”の専門医の先生に離されないように努力しているつもりです。

野球賭博など角界の不祥事の時も第三者的な立場の人間が委員として入り、処分を決めました。本当は医療の世界も、アレルギー科として最低限の勉強をしているかどうかをチェックする機能があると、患者さんには有り難いシステムだと思うのです。

ついでに言うなら、ウィルスと分かっているのに抗生剤の点滴を繰り返している医師もいるようです。熱があるという根拠だけで、抗生剤を使うのは正しくないと言えます。

これは意外とご存知ない方が多いようですが、ウィルス感染には抗生剤は効きません。熱が続く場合、医師は発熱の原因を明らかにする必要があります。だいたい、ウィルスか細菌が原因になっているのですが、血液検査で何らかの細菌が悪さしていそうだと分かれば、抗生剤を使う根拠があります。一方、ウィルスが原因であろうと判断しているにもかかわらず、抗生剤を使うのはルール違反でしょう。

この辺も、医師が「点滴が必要です。抗生剤を入れておきます。」と言えば、従わざるを得ないのでしょうが、根拠のないことをした場合に何らかのペナルティを負うことにすれば、理解し難い医療は減ると思います。やはり、第三者の冷静な目は必要だと思います。

休診にして学会に参加して、根拠のある正しい医療を心掛けている医師と、そうでない医師には、診療内容に当然差が出てきます。これも冷静に考えれば当たり前のことですが、「お医者さんなんだから、おかしなことをするはずがない」とお思いの患者さんも多いのでしょう。

数日前に、激安レーシック手術をうたい、患者さんを結膜炎など視力障害に陥れた眼科医が逮捕されました。確か、事件が明るみになった際にレーシックの正しい技術を身につけていなかったなんて話も出ていたと思います。でも派手に宣伝し、客を集めていました。やはり、「医師がおかしなことをするはずがない」という心理が働き、それが犠牲者を増やした一因であろうと思っています。

有名な医師が素晴らしい医療をやっているかと言えば、私は必ずしもそうとは思っていません。少なくとも当院に移ってこられる患者さんの医療内容を見て、そう判断しています。三ツ星レストランのように、医療のシステムに第三者が入り、各医療機関の医療レベルを評価することができれば、医師達は必死になって勉強するでしょう。しかし、そんな時代はまず来ないと思います。

となると、患者さん自身が当事者でありながら、第三者的な目を持つことが要求されると言わざるを得ません。お子さんを守るためにも、親御さんがもっと医療に興味を持ち、一方でやや批判的な目で見ることによって初めて、もう少し冷静な目で「医療」をみることができるのではないかと思っています。