小児科 すこやかアレルギークリニック

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“6年間”
2011年03月18日 更新

暦の上では春なのに、一向に暖かくなりません。

昨年の4月に盛岡で開催された小児科の学会に参加しました。車の運転が苦にならないので車で行ったのですが、さすがに日帰りという訳にはいきません。前日の診療が終わってから出掛けたので、夜どこまで行けるか分からず、ホテルの予約も取れません。その日は車中泊をすることにしました。

確か4月の末のことだったのですが、車の中に座布団と毛布を入れておき、それでしのぐつもりでした。ところがその日に限って、冷え込みが強く、最低気温が2度でした。エンジンを掛けっぱなしという訳にもいきませんでしたので、暖房も効かず寒さで途中何度も目を覚ましてしまいました。

今回の地震で、多くの被災者の方が寒い夜を過ごされています。当時の私の経験よりも状況は厳しく、それを思うと切なくなります。救援物資など一日も早く被災者の方々の手元に届くよう願っています。

誤解されている方も多いのですが、私のいる新潟県は東北地方には属していません。距離的には近いのですが、山形県、福島県までが東北地方で、「関東甲信越地方」ともいうのですが、群馬県、栃木県、茨城県、長野県、山梨県を含めた地域に新潟県も加えられています。また新潟県、富山県、石川県、福井県という「北陸地方」に組み込まれることもあります。

各都道府県には大学の医学部があり、アレルギーに力を入れている大学は関東地方や北陸地方には多く見られます。当然、その県はアレルギーの診療レベルが高いということになります。

その点、東北地方は特に食物アレルギーにおいては、専門医はかなり限られます。当院の力を入れている「食物負荷試験」を実施している施設は他の地区に比べ、相当に少ないのが現状です。

私自身が青森の大学を卒業したこともあり、東北地方にはいつも目が向いていたように思います。宮城県内に開業されている小児科の先生で、私のようにアレルギーの専門施設で研修され、アレルギーを中心に診療されている方がいらっしゃいました。東北や新潟の小児アレルギー医療をもり立てていきたいと思っていたので、数年前のアレルギー学会の時に声を掛けさせて頂き、それ以来仲良くさせて頂いています。

今回の地震で被災されたはずで、ご無事のはずですが、心配しています。実は先月の食物アレルギー研究会でもお会いし、情報交換もさせて頂いていました。

食物アレルギー研究会は、食物アレルギーに興味のある方ならどなたでも参加できます。患者さんの家族でもです。逆に興味を持っていなければ参加しないという、かなり食物アレルギーに特化した会でもあります。その先生も食物アレルギーに力を入れており、昨年も研究会でお会いしましたし、今回も参加されていらっしゃいました。

研究会の後に、その先生がいま診ている食物アレルギーの患者さんが新潟に引っ越すことになり、どこに紹介すべきか相談を受けました。私も食物アレルギーに力を入れていることはご存知なので、声を掛けて下さったのです。その先生も「食物負荷試験」はやっており、東北地方では貴重な存在です。アレルギー専門医としては一流であり、尊敬もしています。

その時に話になったのが、“6年間”ということです。どういうことかと言いますと、その先生は開業されて6年になるそうです。アレルギー専門医は、アレルギーだけでなく、かかりつけの子ども達が感染症にかかれば、感染症も治療しています。各患者さんの6年間をみることができるのです。

つまり、0歳だった赤ちゃんが小学校に上がる年でもあります。感染症に関しても、弱かった乳幼児期から体も強くなり、体調を崩しにくくなってきます。アレルギーに関しても、0歳でアトピー性皮膚炎と食物アレルギーがあったのが、アトピーも落ち着いてきて、以前あった卵やミルクアレルギーが摂取できるようになってきます。中にはぜんそくを発症するお子さんもいますが、風邪を引きやすい園児の頃は、風邪を契機にぜんそく発作を起こすこともありますが、発作も起こしにくくなってきます。

アレルギーの病気が発症や軽快をしていく様を診ることができるとおっしゃっていました。小児科医として責任を持ち、成長を見守るという点で楽しんでいらっしゃる様子でした。

アレルギーは慢性の病気であり、症状が出れば辛いものです。ぜんそく発作を起こせば苦しく、眠れないし、アトピーが悪化すれば掻きむしります。原因食品を食べれば蕁麻疹が出ます。アレルギー専門医はそれを適確な診断と治療で症状を抑え、病気を治すお手伝いをしています。

当院の場合は、まだ開院して3年あまり。アレルギー専門医としては、まだ一皮むける必要があるのだと思いました。早く“6年間”をみたいと思いましたが、1日1日小児科医として、アレルギー専門医として成長していかなければならないと思っています。と同時に、こういう先生が地方で頑張っておられるから、私自身も刺激を頂き、力にしているつもりです。