先日、100キロ以上離れたところから患者さんが受診されました。
既にアトピー性皮膚炎と診断されていて、地元の皮膚科に通っていたそうですが、何年通ってもよくならなかったそうです。逆に何年も経って、なぜこのタイミングで当院を頼って受診されたのか?。
それは、この春、中学校に上がるためでした。春と言えば、いろいろな出会いのあります。顔も含め、全身に渡りアトピーの皮疹が広がっており、見かけを気にする年齢にもなっており、親御さんやもちろん本人も「何とかしたい」というご希望が強かったのです。
ちなみに、養護の先生がいろいろ当たって下さり、当院の存在を知り、親御さんに薦めて下さったようです。私の方で新潟の中越地区に出向いて講演する機会も何度かあったため、そういう努力が報われたのかなと思っています。
テレビ番組で解説したように、乳児のアトピー性皮膚炎はかなりの頻度で見られます。これもデータを示したように、改善も期待できるのです。しかし、年長になっても湿疹の状態が悪いようですと、体質的に重く、難治性の場合もあります。私も結構苦労している重症患者さんもいます。
初めて当院を受診された時に、もちろん露出している顔に目がいきます。顔も赤く、引っ掻いた跡がみられ、一部ジクジクしていました。身体も診察していると、広範囲にアトピー特有の皮疹が広がっていました。
まず現状を確認できたのですが、通院していたにもかかわらず、なぜ良くならないのかを考える必要があります。当たり前のことですが、私が同じような薬を出したら、何も変わらないことになります。
話を聞いて驚くしかありませんでした。顔は保湿剤のみ、身体は保湿剤を塗り、ステロイド軟膏も塗るように言われていましたが、良くなったら止めるように指導されていました。
この話を聞いて、何も感じない患者さんがいたら、“洗脳”されているのかもしれません。ステロイドを恐がり、なるべく使わないようにと思っていては、アトピー性皮膚炎の治療は難しいし、標準的治療を示したガイドラインとは相当異なっています。ただ、巷では相当にこの考え方が根深く残っています。患者さんがそう思っているならともかく、皮膚科医がそう思っていては相当に由々しき問題です。
これまでのやり方を検証していきましょう。顔もしっかりとアトピーの皮疹がありました。本人もなるべく掻かないようにはしていたのでしょうが、寝ている時は無意識にボリボリと掻いてしまっていたのでしょう。顔にも傷があり、ジクジクもしていました。
顔は皮膚が薄いため、強いステロイドは推奨されていません。しかし、使うなとはガイドラインに記されていません。この患者さんの場合、ステロイド軟膏が使われていませんでした。その上、ジクジクしているにもかかわらず、“保湿”剤が使われていました。治療としてアベコベというか、ずさんとさえ言えるのがよく分かります。
身体はさすがにステロイドを使ってはいましたが、おかしな方法を指導されていました。「塗って良くなれば、止めなさい」と言われていました。これも「医療の広場」で解説していますが、数日塗って良くなるのは上っ面だけで、奥側はまだ炎症が沈静化していません。そんな状態で中止すれば、ぶり返すのは火を見るより明らかです。
食物アレルギーでも、いつも過剰な除去を指摘しています。「食べるな」とオーバーに言っておけば何も起きないので、医師は何ら責任を負う必要がないのです。アトピー性皮膚炎のステロイド治療も同じことが言えます。「塗って良くなれば止めて良い」と言っておけば、副作用は全く心配ないでしょう。この場合も責任を負う必要もありません。
アレルギーのダメな指導は、場合によっては、医師の保身のためなのかなと思っています。ステロイド軟膏は、実は出回って50年以上の歴史があります。良い所、悪い所は分かっていますので、副作用の出ないように使えばいいのです。患者さんや非専門医の先生が思う程、副作用の出るものではないでしょう。
皮膚のプロである皮膚科医が、こういったガイドラインの推奨する標準的な治療をせずに、明らかに“治療”のできていない状況で、他の医師に紹介することもなく何年も放置したことは由々しき問題ですし、患者さんが100キロ以上の雪道を、いくつもの医療機関を通り越して、当院のような小児科を受診しなければいけなかったことも由々しき問題だと思っています。
自分は頼られる側になりたいと思っていますが、医師には頼りになる者とならない者がいるのも事実でしょう。私がこの場でいろいろ書いても、結局見ている人は限られます。少しでも新潟県のアレルギーの現状を知ってもらおうと書いているつもりですし、困っている患者さんへの救いの一助になればと思っています。でも、エネルギーを注いでいる割には、あまり有効な手段ではないのかもしれません。
幸い、上越や中越といった新潟県の3分の2の地域の養護教諭の先生からアレルギーの講演を依頼されることが多く、今年も夏に予定されています。こういうケースを話さざるを得ないし、それが今回のような第二、第三の患者さんを救うきっかけにしたいと思っています。


