アナフィラキシーの講演が近づいているのに、日々診療が忙しく、日に200人近くの受診があると、まさに疲労困憊という言葉そのもので、家に帰るとほとんど何もできません(涙)。
構想は練ってあるのですが、それなりに満足できるスライドを作り上げられていない状況では、気持ちは焦る一方です…。
そう言えば、昨年は地元の養護の先生に呼吸器感染症とぜんそくの最新情報という話をするために、悪戦苦闘しました。その前の年も、地元の園の先生方に子どもの感染症の話をし、その直前までスライド作りに苦労しました。
この時期は、診療にインフルエンザの予防接種が加わり、ただでさえ忙しいのに、更に多くの枚数のスライドを新たに作らなければならないのは、身体に堪えます。
ただ、それなりのクオリティの講演をするには、勉強もしておかねばならず、一昨年、昨年と睡眠時間を削ってでもスライドを作り上げてきたし、その時の苦労は現在の私にとっての血や肉になっていると感じています。今年も頑張り切らなければと思っています。
そんな中で、「食物負荷試験」もやっています。例年よりは希望者もやや多いように感じています。
負荷試験は、こだわってやっている訳ですが、やはり“経験と勘”ってものがあると感じています。「これはいけそうだ」とか「これは厳しいのではないか」というようにです。
もちろん、アレルギー検査の数値が高ければ何らかのアレルギー症状が誘発される可能性は高いし、大豆は即時型反応を起こしにくいので、多少数値が高くても負荷試験は多くのケースでうまくいきます。
先日の負荷試験では、大豆アレルギーのお子さんに豆腐を、小麦アレルギーの患者さんにそうめんを負荷しました。
大豆のお子さんは、子どもの医院で「あれもダメ、これもダメ」と多種食物を除去されていた患者さんで、ここ最近の負荷試験で、卵も乳も加工品なら食べられることを確認しています。
大豆の数値も高かったのですが、私は「今日は何も起きないだろう」と予想していました。それでも、やってみなければ分からないのが負荷試験です。負荷を進めていくと、途中で蕁麻疹がパラパラと出始めました。一応目標量は達成したものの、アレルギー症状が誘発されてしまいました。
当院では、豆腐で即時型反応を起こすケースは少ないのですが、「やはり、こういう場合もあるんだ」ということがよく分かりました。半年後にでも、リベンジの負荷をやろうと思っています。
一方、卵も乳もクラス6で、小麦もクラス5というような、より重症な食物アレルギーの患者さんに、小麦としてそうめんの負荷試験をやりました。
薄力粉を使ったお菓子は食べられることは分かっており、小麦の数値は高いものの、「あわよくば…」という気持ちで負荷を行なったというのが正直な気持ちです。
それでも負荷試験を行ったのは、小麦を除去し続けるのは結構辛いことだからです。小麦を食べられないと、うどんやスパゲッティ、ラーメンなどの麺類やパンといった主食やビスケット、クッキーといったお菓子も除去しなければなりません。食べられるなら、食べさせてあげたいと考えています。
先ほどの豆腐の患者さんと異なり、「結構厳しい検査になるのではないか」と予想していました。
開始はそうめんを1本からとなります。発赤や蚊に刺されたような蕁麻疹がわずかに出るものの中止する程ではないので、検査を進めていきました。「怪しい症状が出たら、すぐに止めよう」と思っていました。途中から食べたがらなくなる、というのも症状のひとつと考えていますが、本人も喜んで食べています。
“誤算”と言ってもいいでしょうが、なんと100gを完食してしまったのです。
多くの方が、「クラス5でも食べられることもあるんだ」とお思いでしょう。小麦はクラス6でも約4分の1の人が食べられるというデータもあります。冷静に考えると、別に“奇跡”ではなく、それなりの確率で起きることではあります。
もしかしたら、薄力粉を使ったお菓子をなるべく食べていてもらったことが良かったのかもしれませんが、小麦の除去を解除してもよさそうです。正直、ダメそうだと思っていても、嬉しい“誤算”があることもよく経験します。
この日は、これまでつちかってきた“経験と勘”が、ある意味で打ち砕かれたのだと思っています。いけると思ったものがダメで、ダメそうだと思ったものが食べられたのです。
当院は開業医なので、専門病院と比べると、思い切った負荷ができません。というか、強い症状が誘発されたら患者さんには申し訳ないし、その場合は治療にかかりきりになり、診療がストップしてしまいます。本人も親御さんも食べることに自信をなくしてしまうこともあるため、なるべく症状の出ない負荷試験を心掛けています。かと言って、攻める気持ちがなければ、負荷をする試験になりません。
「私もまだまだだな」と思い知らされた日だったように思います。こういう経験も血となり肉となりますし、また新たな“経験と勘”につながっていくと考えています。


