27日は、東京で食物アレルギー研究会がありました。
例年は2月の中頃の土曜に開催されていましたが、今回は1月下旬の日曜に変わりました。
別に日程が変わろと、翌日が月曜で仕事があろうと、ここのところずっと参加し、発表も続けていたので、もちろん参加するつもりでした。
ニュースでご存知の方も多いでしょうが、この週末は日本海側は「暴風雪」でした。風も強く、雪も一気に積もりました。雪国育ちのため、それは慣れており、とりあえず土曜日の診療にとりかかります。
私の地元から東京に行くには、ほくほく線という北陸地方を走る鉄道を利用し、越後湯沢駅まで行き、そこから上越新幹線に乗ることになります。過去には車で出掛けることもありましたが、日曜日の朝一番の新幹線に乗れば、充分間に合います。
診療中は仕事のことしか考えていませんでしたが、仕事が終わると、何やらほくほく線にかなりの遅れが出ているとの情報が…。研究会では発表もあるので、遅刻は許されません。前日に東京入りするのが間違いないという判断を下しました。
仕事が終わり、家に帰り急遽準備です。あと、私の悪いクセで、発表スライドは一応作ってはいましたが、土曜の夜に完成させるつもりでした。慌ててそちらの準備もします(汗)。
16時発の電車に乗るべく、タクシーで最寄りの駅に向かいます。駅の待合室で電車を待つことになるのですが、最初は12分遅れの構内アナウンスがありました。ところが、待てど暮らせど電車は来ません。
30分遅れ、45分遅れ、1時間5分遅れと放送があり、極めつけは強風のため、電車が手前の駅で運転を見合わせており、風が止むのを待っているとのこと。
最終的に、約3時間遅れで発車してくれました。越後湯沢駅への到着が遅れると、東京行きの新幹線がなくなるかもしれません。最悪、越後湯沢駅で宿泊というのも覚悟しました。でも、上越市から越後湯沢までは山側で、強風の影響は上越市までの海岸方面で強かったため、その後は若干の遅れで済みました。22時過ぎに東京入りできました。
食物アレルギー研究会の話をしようとしたら、こんな余計な話が長くなってしまいました(涙)。
今回、最も注目していたのが、例の死亡事故の詳細な情報でした。私自身は、新潟県の食物アレルギーの患者さんを守りたいと思っているし、今回の事故の衝撃は患者さんはもちろん、園•学校関係者にとっても大きかったため、必要があれば不安を解消するために、私が動かなければいけないのです。
実際、近隣の行政に声をかけた結果、誤食時の対応の話を希望する園もあり、対応するつもりです。また、2月頭にT市にもエピペンの使い方の研修に出掛ける予定も入っています。
日本のトップの先生数人に話を聞いてみましたが、まだ情報不足の部分もあるそうです。ただ、いくつも不運が重なっており、しかも急激に症状が進行しており、エピペンも使われています。ある先生の言葉を借りれば、専門医がその場にいても救命できたか言えない部分もあるそうです。確かに、私も情報が入れば入る程、自分も遅延なく対応できたかどうかは不安になります。それだけ複雑で、難しいことが起きてしまったと思っています。
それでも、第二の事故は避けなければなりません。少なくとも、どう考えても使って頂かなければいけないような状況で、エピペンを使用して頂けるようお願いをしていく必要はあると考えています。
それにしても、ご本人、ご家族が一番お気の毒ですが、学校側もちぢみを与えてしまったのは事実ですが、その後の対処はかなり頑張って対応しているようで、いろんな意味で心が痛みます。
いろいろ学んで帰ってきました。いろんな出会いもありました。日曜まで暴風雪の予報だったそうですが、新幹線、ほくほく線とも遅れることなく、無事に家に辿り着きました。
前日の無事に東京に行けるかの不安、発表のストレスや疲れもあり、自宅に帰る頃には身体が鉛のように重かった…。
いや、ちょっと言い過ぎました。仮眠を取ったあと、少し元気になってこれを書いています。また、いつもの毎日が始まります。


