小児科 すこやかアレルギークリニック

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患者会を作ろうと思う その2
2012年04月26日 更新

(一昨日の続きです)

県庁に電話して、その日のうちにその市に連絡が入ったようです。当院に「至急対応する」という連絡が入りました。

行政とは、“お役所仕事”というイメージがあったのですが、一旦やると決めたら早い、早い。あっという間に食物アレルギーに対応するシステムを作り上げました。「いやー、参った」と感じるくらいです。

市が間に入ったため、ちょっと前まで「医療行為だ」、「市の問題だ」と言っていた園長も方針を変え、エピペンを打つことも含め、時代の流れに沿っていこうとしています。

ここまできて、一番の問題は「どのタイミングで薬を使うか」ということでしょう。複数の養護教諭の先生から「打ち方は知っている」とお聞きしていますが、抗ヒスタミン薬などの内服薬やエピペンの使うべきタイミングまで知っている人はまずいません。

あと、薬を使ったら使ったで、園や学校側も子どもの命を守るために“人肌脱いで”いる訳ですが、予想外の副作用で取り返しのつかないことになったり、それで訴えられることになってしまえば、「しなきゃよかった」となってしまいます。

昨日も新潟市に行ってきましたが、養護の先生もアレルギー対応ガイドラインを読んで勉強されていました。ただ、それだけで対応できるかと言えば、そうではないでしょう。アナフィラキシー発現時は、救急車を呼ぶ人、親に連絡する人、エピペンを取りにいく人、他の職員を集める人、もちろんお子さんを注意深く観察する人など役割分担をして、チームワークで対応する姿勢が求められます。また先程の副作用のこともそうですが、エピペンはどれくらいの確率で効き、何分で効果が見られるのかなどを知っておく必要があります。

講習の時にはいつも言っていますが、何でもかんでも背負う必要がないことも伝えています。親御さんや救急車がすぐに来てくれる状況であり、最重症でなければエピペンは使わなくてもいいのです。いろいろ耳を傾けて初めて「我々にもできそうかな」となるのだろうと思っています。

既に某市には2回出向き、園長をはじめ職員の先生方に薬の投与のタイミングや使い方を説明しています。市の職員も参加しており、市として「何とかやれそうだ」という手応えはつかんでくださっています。

ちなみにこの市は、小中学校だけでなく、保育園や幼稚園でも内服薬やエピペンを預かる決定をしており、アレルギーの診断書も厚生労働省が指定する全国共通の診断書を運用しており、全国トップレベルの対応をしています。“最低レベル”から一気にトップレベルにジャンプアップしたことになります。

この市から当院に別の患者さんも来られており、負荷試験で微量の卵でアナフィラキシーを起こし、エピペンを処方したいのだけれど、体重が15キロ以下で処方できないお子さんもいます。それに準じた対応が求められますが、牛乳アレルギーのお子さんがきっかけとなり、その子の通う園でも緊張感を持って対応して頂けそうです。

親御さんや当院で働きかけることで、ほんの数ヶ月で少なくとも新潟県内ではトップの対応をできる市になりました。どの市町村もやればできるのです。

現在、別の市で親御さんと協力して内服薬やエピペンを預かるよう働きかけをしている最中です。この市のある園長が、誤食を心配するお母さんに対し、「心配なら給食に毎回付き添ってください」と言い放っています。相当に無理解な地域と言えます。

現時点で、親御さんの強い働きかけのもと、内服薬を認める決定をしていますが、エピペンは「検討中」ということです。そもそも重症なお子さんを守るために、国がエピペンを使っていいと言っている訳で、内服が良くて、エピペンがダメという理由が分かりません。引き続き働きかけていく予定ですが、これも当院のある市や近隣の市が立派に対応できているのに、その市ができないと言うのも、食物アレルギーの子を持つ親が安心して子どもを園に預けられないという格差を生じており、新潟県として指導して頂きたいと思っています。

県内には食物アレルギーの専門医がほとんどいないため、とにかく「食べてはいけない」と言われ続け、子ども達は我慢を強いられています。私は食物負荷試験を実施し、安易に「食べてないけない」と言わないようにしています。キチンと根拠を持ち、除去の必要があるかどうかを判断しているつもりです。内服薬やエピペンを園や学校が預かるという方針を国が決定していることもご存知ない方が多いですが、ある意味“権利”として親御さんに与えられていることを積極的に伝えています。

そうする医師が少ないが故に、親御さんも行政もその事実を知らない、誰も何も言わないから全くの手つかずの状態になっているというのが新潟県の現状でしょう。

それを変えていかなければならないのです。

先の成功例の経験からすると、いくら食物アレルギーで恵まれていない新潟県であっても、親御さん達が力を合わせることで変えていけるという手応えをつかみました。我々にも「できる」ということです。(つづく)