小児科 すこやかアレルギークリニック

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清水選手
2012年06月19日 更新

先週末は、大阪で開催された日本小児難治喘息•アレルギー疾患学会に参加してきました。

学会側も売りにしていたようですが、スピードスケートの清水宏保選手のかかわるイベントがありました。これはご本人も言われていますが、小児期からぜんそくをお持ちで、今はぜんそく関係の学会に参加され、自分の体験談を話される機会を持たれているようです。

日本は病気を公表することに躊躇があったりしますが、あれだけの実績があり、有名であれば、アスリートを目指す子ども達に夢を与えることができるでしょう。実際に私も、当院で診てみるぜんそくのお子さんに「ぜんそくがあっても金メダルを取れるんだよ」と言ったりしていました。

一応、清水選手の輝かしい選手生活の時の実績に触れておくと、長野オリンピックのスケート500mで金メダルを獲得されています。日本の冬季五輪の歴史の中で、金メダルの獲得は9回だけなのです。しかも、長野オリンピックの1000mでは銅メダル、4年後のソルトレイクシティオリンピックで銀メダルを獲得しており、1人で金銀銅メダルをいずれも獲得されています。さらに、世界記録を何度も出し、更新もしています。まさにトップ中のトップアスリートなのです。

今回のイベントは、司会者と清水選手がステージ上で、幼小児の頃から現在に至るまでぜんそくのことを中心に話をするというものでした。選手時代の苦労話も伺うことができました。

実は、私は会場の左端の席にいたのですが、清水選手が拍手とともに会場に招き入れられ、私の脇を通っていったのですが、その時の印象は「脚、太っ!!」というものでした。現役時は太もも周囲が68センチあり、今は8センチ落ち、60センチなのだそうです。あの脚が清水選手の代名詞である「ロケットスタート」を生んだのだなと感心させられました。

当時は、ぜんそく治療もこれと言ったものがなく、本当にご苦労された様子を伺いました。もちろん、天賦の才があったのでしょうが、プラス努力があって、世界のトップに君臨することができました。

清水選手は北海道出身でしたので、スポーツができた方が就職に有利という周囲からの勧めもあり、スケートを始められたというエピソードも披露されていました。ただ、身長が162センチで、当時スケートは長身選手が有利と言われており、大成はしないだろうとも言われていたそうです。それに対する反骨精神は持たれていたようです。

「スポーツ選手、ぜんそく」というキーワードで検索してみると、最近は選手達も子どもに夢を与えるために、患者に希望を持ってもらうために、一肌脱いでいる方も多いようです。サッカー日本代表の岡崎選手、阪神の不動のストッパー藤川選手、プロゴルファーの福島晃子選手、柔道でアテネ、北京五輪と連覇した谷本歩実選手もぜんそくであることを公表されています。

清水選手の言葉はみな重く、当院で診ているスポーツ少年、少女にも聞いて欲しい程でした。その中で私の反応してしまった言葉は「呼吸器系の医師に診てもらうという発想がなかった」というものでした。要は、近くの内科に必要時にかかっており、より専門的に知識を持ったぜんそくの専門医に診てもらえば良かったということです。

スポーツ選手にとって、ぜんそくがあると、運動で呼吸困難を起こしたりしますから、普通に考えるとハンディキャップとなります。重いぜんそくがあっても世界のトップの座につけた訳ですから、当時いまのような治療法があれば、もっと良い記録を出せたのでしょうか?。それともぜんそくがあったからこそ、ハンディを跳ね返すよう努力できたのでしょうか?。

清水選手の言いたいことは、このイベントのタイトルである「ぜんそくでも何でもできる~ぜんそくのこどもたちの夢を応援します~」ということでしょうが、その裏には自分はぜんそくで苦労してしまったが、専門医にかかり、キチンと病気をコントロールして欲しい。しなくてもいい苦労はなるべくしないように、というお考えがあるのだろうと推察しています。

最近は、地元上越でも専門医にかかるべきという考えが浸透してきているようです。非専門医の医師が、ゼーゼーを繰り返しており、明らかなぜんそくなのにマイコプラズマと言って感染症にしたがっていたり、発作を抑え込む予防治療を勧めていないのですが、それがおかしいことに気付く人が増えています。もしくは周囲の人が「専門医にかかるべき」と過ちに気付かせて下さっているようです。患者さんは、最初の医者の話が頭から離れないことが多いので、当院ではその医院さんの10倍くらいの時間をかけてマイコプラズマでなく、ぜんそくがあることを説明し、現在の治療の仕方を理解して頂いています。

清水選手の小児期から30年も経っているのに、医学が相当進歩して、ガイドラインという指標が出ているにもかかわらず、30年前さながらの治療をしている医院さんもあり、私としては医師の知識や技術不足により、しなくていい苦労をさせられている子どもを増やさないためにも、啓発活動を地道に続けていかなければならないと思っています。

清水選手は子ども達の未来にエールを送っていたと思うのですが、私自身もおかしな医療と戦うエネルギーをたくさん頂いてきました。